第6部 悲しき殺人鬼 <中>

 
「この人――怪談クラブではオガワという名前を付けられていたそうですが、彼女のことを調べると、言動にも興味深い情報があったんです」
目の前の人物は、何も言わずに俺を見た。
「何かと会話が噛みあっていなかったり、空気を読まない発言をしたり……今で言う不思議ちゃんというか、あまり周りと合った言動はできていない様子が、よく目撃されているのです。そして、彼女が病院に通っていた事実も確認しました」
用意していた医学書を開き、俺は話を続けた。
「相貌障害――人の表情を認識できない、人の顔を区別できない――そういう人も、この世の中にはいるらしいのですが、この女性も、実はそうだったのではないか。表情から人の心を考えたりすることができないから、会話もおかしなことになるそうです」
俺の話を聞きながら、目の前の人物の眉毛がピクッと動いた。気づかないふりをして俺は続ける。
「そして、怪談クラブのメンバーの服装にしても、彼女以外の人物は、それなりに違う色のものをそれぞれ着ていたことが、警察の聞き込みで分かっています。顔で識別できない彼女へ配慮していたから、服の色で違いを見分けてもらうようにしていたのではないか、と考えられます。怪談クラブが会合していたスナックで、この女性は『推理小説において殺人犯が密室トリックを行う理由』を分類したりしていたとのことですが、人の顔は見分けられない分、感覚に左右されない理論的な話をすることができたというのも、興味深い話ですね。私も推理小説はよく読みますが、トリックの分類を書いた小説について、ちゃんと観点とかをしっかり考えて書けているのか、という点はよく議論されることですから。そういう理論立てた話は、彼女の得意分野だったのでしょう――話を戻しましょう。以上のことから、私は事件の全貌が見えた気がしたのです」
「どういうことです?」
その人物の質問に、俺は腕を組んで答えた。
「この事件の犯人の計画は、怪談クラブのメンバーを巧みに騙して、この大量殺人を実行することだったのです。つまり、この怪談クラブに潜入して、自分の死すら偽装していたのですね」
捲し立てるように話を続ける。
「顔を認識できない彼女を利用して、別の人物の死体を自分だと思わせた。そうやって、自分の死を偽装した」
そっと、目の前の人物の様子を伺いながら俺は話を続けた。顔色を変えず、ずっと俺のことを見ている。
「怪談クラブの動向も、現場を調査した警察から確認しています。最初にミサワと呼ばれていた人物が焼死し、その後に亡くなったのがノムラという人物。彼の死を目撃したのは、オガワというこの女性だけです。彼女は服装だけでノムラだと判断したけれど、実はノムラは死んでいなかったのですよ」
「面白い話ですね。なかなか大胆なトリックだ」
目の前の人物が煽るように言ってきた。俺は冷静に答えた。
「恐らく、その死体は、この怪談クラブに参加していて、事件の直前に顔を見せなくなっていたマチダという人物でしょう。ノムラの身代わりとして先に殺害し、死体を利用したのです。ドライアイスなりで冷やして死体が腐敗しないようにして、現場付近に隠しておいてね。その後、自分と同じ服装にすることで、ノムラはオガワをまんまと騙したのです。これも警察が調べたそうですが、ノムラ――正確にはマチダですが――を撃った一発と、オガワへの威嚇射撃、致命傷となったオガワのわき腹へ一発、そしてマトヤの背中を狙った一発、計四発分の弾丸が現場での捜査で確認されていますが、あの山の近くに住む方への聞き込みなどから、銃声は三発分しか聞こえなかったと確認されています。オガワが『ノムラが撃たれた』と誤認させるため、爆竹などで銃声だと勘違いさせたのだと、私は推理しています。山に響くほどではない大きさだったのでしょうが、そんな音も一回使って、『ノムラが死んだ』と言わせた直後にオガワを殺害すれば、十分この計画は実行可能だと思います。まあ、細かいところは私の想像ですけどね。どうですかノムラさん。いや――仁藤さん」
俺の目の前にいるその人物――仁藤涼は、黙ったままだった。
俺がこの来客を事務所に呼び出したのは、この悲しい惨劇の真相を、彼の口から聞きたかったからだ。動機も検討がついている。おそらく、記者として誠実かつ冷静に真実を追う姿勢を貫きながら、そこかしこに感情的な部分が見られる仁藤は、きっと――
仁藤は、口元に笑みを浮かべながら俺に言った。
「ほう、私が、この怪談クラブのメンバーを殺害したと? あなた、自分で何を言っているのか分かっていますか。その怪談クラブとやらの人間が亡くなったのは、1990年のことだと言っていたではないですか。私はまだ小学生くらいでしたよ。まさかそんな子どもが殺人を犯したとでも?」
そこを突くか……俺は白々しく話題を振った。
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《作者からの挑戦》

前回は「犯人」ではなく「目をつけた人物」を考えてほしいと書いたが、ここでも正確に推理して先を読んで欲しいと思っているので、挑戦する。
海城夕紀が振った話題は、以下のどれだろうか。改めて推理して欲しい。
A 「地震って、やはり注意はしたいですね」
B 「中森明菜はお好きですか」
C 「有栖川有栖という作家はお好きですか」
『推理して<下>へ』
 
『名探偵・海城夕紀』