テレビ特撮はここから始まった!
『ウルトラQ』から見る革新
筆者は、スマートフォンのラジオ系アプリ「stand.fm」のオブジェクティブチャンネルで『ためなるラジオ』という配信を行っていまして、試験配信を2022年3月に、本格的配信は2023年からさせていただいています。
その試験配信の一発目としてお話しさせていただいたのが、『ウルトラQ』にまつわる革新性についてでした。1966年1月2日から、映画でしか見られなかった怪獣を毎週テレビで見られるようにしたこの番組からは、物事の在り方を考える革新性を見出すことができます。今回改めて、このページでも語らせていただきたく思います。
★「シリーズ」の在り方について
「怪獣」「怪奇現象」を描いた『ウルトラQ』が記録的大ヒットを飛ばした後、「怪獣と戦うヒーロー」「人間側が防衛チームを組む」というコンセプトを付け加えることで、より深みと娯楽性を強めた番組としてカラーで制作されたのが、皆さんご存知『ウルトラマン』でした。
仮面ライダーだとかガンダムだとか、「コンセプトがあって固まったシリーズ」は日本にたくさんありますが、ゴジラだと第一作からの発展について「核から生まれた怪獣がヒーロー化しておかしい」などと言われることもあったりで、そのシリーズの在り方は思いの外難しい面があります。そこに向き合って考えると、ウルトラマンがシリーズ化した今だからこそ、「ウルトラヒーローが出てこない」シリアスな雰囲気を楽しめる、という独立した魅力を『Q』から見出すことができます。
そこで注目してほしいのが、スーパー戦隊シリーズの「巨大ロボット」は、『Q』から『マン』への発展とは真逆の意味を持っていたことです。今のスーパー戦隊で定番となっている「敵の巨大化に合わせてロボットに乗る」展開は、『秘密戦隊ゴレンジャー』『ジャッカー電撃隊』では描かれていませんでした。『ジャッカー』の後でお休みしていた時期、マーベルコミック社との連携で『スパイダーマン』を実写化した際、レオパルドンというロボットを登場させたことで商業的に成功したという逸話があるのです。更に言えば、戦隊初の巨大ロボット登場作品であり、今では『ジャッカー』に次ぐスーパー戦隊三作目と言われる『バトルフィーバーJ』は、『スパイダーマン』から継続してマーベルと連携し、「ゴレンジャー風のチームにしよう」となって制作された番組であり、必ずしもシリーズとしてのスーパー戦隊が意識されていた訳ではありません。等身大ヒーローとしてのスパイダーマンにレオパルドンを登場させたことは、オリジナルの『スパイダーマン』ファンから評判がいい訳ではないのですが(苦笑)、それをスーパー戦隊に取り込んだこと自体は評価できると思います。
このような形で「コンセプト」が固まり、「ウルトラマンが戦う中で人間側でのドラマは防衛チームでまとめる」「等身大戦はチームワークを、巨大戦はその力を発展させて描く」という発展性まで得たことで、ウルトラシリーズとスーパー戦隊シリーズで「ヒーローとしてやれることはこの二つのシリーズだけでもある程度やれる」状況にまで広がりを持ったことは、長期コンテンツの在り方を考えさせられる部分と言えましょう。
★「モノクロフィルム」の魅力
筆者は『ためなるラジオ』でよく言っているのですが、黒澤映画などのモノクロフィルムの映像が大好きなのです。それは懐古的な部分もなくはないのでしょうが、「モノクロ」「フィルム」双方の側面で記録メディアの面白みを持っているからだと考えています。
小説が映像も音もなくても読まれるのはなぜか、と聞かれたら、誰もが「ないから想像したりできるから」と答えるでしょう。モノクロフィルムも同じ理屈で「色がない世界だから楽しめる」部分があります。『ウルトラQ』の怪奇性はモノクロで楽しめる部分はかなり大きく、闇の中で暴れるタランチュラやケムール人なんかは特に、モノクロならではの魅力に溢れています。平成になってVTR・カラーでのリメイク作品が作られたり、「総天然色」として着色作業が行われたりしてはいますが、モノクロの『Q』で描いていた不気味さ・色への想像は損なわないような工夫も散見され、自社製品を大切にする円谷プロの意思も見えます。
そして「フィルム」という点について。単なる「絵」として残るフィルムは、ハイビジョンよりも解像度では高く、その「現象」自体をしっかり記録できます。正直、80年代によく使われたベータのVTR規格は、セットで撮影すると「人が作った”セットとしての質感”」を映してしまう部分があり、筆者はあまり好きではありません。最近になってやっと、4Kだとかの高画質でデジタルらしい発色もしながらフィルムの利点も取り込めるようになってきたことも踏まえ、『Q』のような特撮作品の良さが「フィルム」だからこそ記録できたのだと理解いただけるようになったとも感じる部分があります。
★「テレビ映画」が発展した時代
今ではすっかり死語となっている「テレビ映画」。単純に「フィルムで撮って放送したテレビ番組」というのが定義とされていますが、これは背景事情を考えることで理解できる意味がある言葉でもあります。
「映画のようにフィルムで撮影を終えて編集し、放送する」方針は、子ども向け時代劇『ぽんぽこ物語』や、日本のヒーローの原点『月光仮面』などで発展したと言われますが、そもそも最初期の「テレビドラマ」は生放送のVTRが主流でした。そこで、映画に対抗して「編集されたものを放送する」作品として「テレビ映画」という言葉は生まれています。
「フィルムで撮った」ということについては、ビデオと違い「上書きできない」という側面も生まれました。NHKの大河ドラマは1963年の『花の生涯』からビデオで撮影していましたが、2インチの大型で保存はしづらい上高価である媒体だったことから、映像を上書きして別の作品を撮影してしまっており、初期の作品はマスターテープが現存しない作品が多数を占めます。「一回放送したらそれで終わり」という意識も強かったそうで、それを交えて結んだ出演者との契約の兼ね合いも「映像の保存」に意識が向かなかった一因と言われます。だからこそ、フィルムで撮ったことに、現代になってから大きな意味が生まれたのです。
更に言えば、『ウルトラQ』は全編35ミリフィルムで撮影・約2年かけて全話撮影してから放送という贅沢な制作体制が敷かれた作品でもありました。テレビの発展で下火になっていた映画界からの要請で、テレビ局には35ミリフィルムを電波に乗せる「テレシネ」のための機器が導入できなかったのですが、円谷プロ初代社長であり、ゴジラなどの生みの親である円谷英二は特撮のクオリティにこだわって35ミリで撮影したため、放送用の『Q』のフィルムは16ミリに落としてTBSに納品されていたという逸話もあります。これもまた、本格的な「テレビ映画」として『ウルトラQ』を分析できる部分です。
背景を知ることで単語の意味が分かるという、時代の証言としての言葉-これもまた、人々が歩んできた歴史と、その中で生み出された作品の意義を知るきっかけになるのではないでしょうか。